こんにちは。お久しぶりの投稿になりましたが、剣道精進続けています。はや2段を取得し、恐れ多くも今年3段を目指すこととなりました。
子供達と一緒に稽古をしておりまして、昇段審査も近くなってまいりますと毎週の稽古でお偉い先生から子供たちに、
「審査中に面紐胴紐がほどけたら審査落ちますから、しっかり結びなさい」
とのありがたいご説教があります。それも私が剣道を始めた5-6年前から毎年同じことを言われております。おそらく、この先生が師範になられてから10年くらい、その先代が何年、先々代の前が云々・・・で剣道場としては50年くらいは同じ話を続けておられるのでしょう。はたまたこの剣道場だけではなく、全国の剣道場では100年も前から同じ話がされていたかもしれません。
私も紐を結ぶのが苦手(特に面紐を後ろで結う時のギャンブル感がひどい)なので、小学生も大変だよなあと思っていたのですが、ふと、不思議に思ったことがありました。
”それほど難しいとわかっている面紐胴紐を、どうして簡単なものに改良しないのだろう。そうすれば「きちんと結べ」という指導する回数が減って、竹刀を振る時間が増えるのに”
剣の上達において着装を疎かにしてよいということでは毛頭ござりません、きちんと道具が使いこなせてこその剣道でありますが、その道具の使いやすさ、剣術上達への貢献のしやすさぐらいは研究発展させるのも剣道(ならびに武道全般)の役目のひとつではないのでしょうか。
剣道をやるのに紐を結ぶ修業がいるとなれば、それは紐道ではないか。
と思ったわけです。
私が思うには剣道において初心者はまずは暇さえあれば竹刀を振るべし、一にも二にも素振りと打ち込みであろうと思いますが、この”紐道”のせいで毎度毎度稽古の時間が削られるのは、まことに勿体ないことこの上ないとどうしても思ってしまうのです。
もし面紐がジッパーか何かでサっと固定できるものだったら、もし胴紐がサイズ調整可能なベルト式になっていれば、袴がスポんと履けるズロースみたいなものだったら、竹刀を振る時間が相当増えて子供たちの剣技は上達し、先生方が叱るストレスは減り、審査員も剣士の動きに集中できるのに勿体ないなあと思う次第であります。
てなことを飲み会の折に先生方に申し上げたりしてみますと、皆様方口を揃えて
「君、剣道を何だと思っているのだね。スポーツじゃないんだ、”道”なんだよ。先人の教えを守り抜くのが”道”なんだよ。立派な剣士であられた先人方達は一人の例外もなく紐結びをマスターしておられたよ。紐すら上手に結べない輩が、人様に偉そうにするものじゃ無いよ、謙虚になりなさい」
とおっしゃいます。まあ、どの先生にお伺いしてもまるで同じ回答です。
ならそれならば最初に紐結びを考えた人はどうやって発明したんだと聞き返したくなるのをぐっとこらえながら、「紐すら結べねえやつが偉そうな事言ってんじゃねえ」圧に負けて口をつぐむ次第でございます。
しかし私は思うのです。
確かにお偉い先人様方はキチンと紐を結ぶ技術を習得されておられましたけれども、それは他に手段が無かったからじゃございませんでしょうか?それしか無いからやっていた事を、有難い伝統作業にしてしまうのはいかがなものでしょうか?
お偉い先人様だって、パシッと一発でハマって動かない面があって、左右微調整可能な胴が開発されてればそっちを使っいたたでしょう。
紐の結び方は誠に立派な伝統技能だと思いますが、それは紐道で探求すべき事であって、剣の道でそれが前提となるのは少し勿体無いのでは無いでしょうか。
もし剣道に紐道がなければ「剣道めんどくさいから嫌だ」と言ってやめる小学生が減って、人口増加につながるに違いないでしょう。そのために我々は日々新しい技術の開発に努める義務があるのでは無いでしょうか、と偉そうに思った次第であります。